サイボーグゴキブリを“ペット”にしたらどうなる?──命とテクノロジーの境界線を考える

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■ 「ちょっと気になる」未来のペット

犬や猫のように毛並みを撫でることはできない。
小鳥のように鳴いたりはしないし、目を見て感情が通じることもない。

でも──たとえば小さな背中に電子基板を背負い、スマホの指先でスッと動く「サイボーグゴキブリ」がいたとしたら、あなたはどう思いますか?

“えっ、ゴキブリ!?”と思った方が多いかもしれません。
でもいま、その“未来の虫ペット”が実際に研究室で動いているのです。


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■ サイボーグゴキブリってどんなもの?

この小さな“ハイテク昆虫”は、シンガポール・南洋理工大学やアメリカの大学などで開発が進められている「昆虫サイボーグ(バイオハイブリッド)」の一種。

構造はとてもシンプルで、

  • ゴキブリの背中に超軽量の電子基板を装着
  • センサーと電極で触角や脚の神経に微弱な電気刺激を与える
  • スマホアプリやコントローラーで進行方向をコントロールできる

というもの。
言ってみれば、**「生き物の足で動くミニ・リモコンカー」**のような存在です。


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■ なんでそんなものを作ったの?

目的は「遊び」ではなく、「災害救助」。
たとえば地震で倒壊した建物の中など、人が入れない隙間に入り込んで生存者を探したり、温度やガスを感知するセンサーとして働いたり。

この“虫型ドローン”は、エネルギー消費が少なく、小さくて、生命力が強い。
従来のロボットでは届かない場所にもアクセスできることで、期待が寄せられているのです。


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■ でも……「ペットとして飼いたい」って思った人もいる

実はアメリカで「RoboRoach(ロボローチ)」という家庭用サイボーグ昆虫キットが販売されたことがありました。
これは生きたゴキブリに手作業で電極とチップを装着し、スマホで動かすという「生物×電子工作」キット。

教育目的という触れ込みではありましたが、「子どもが生きた動物を“操る遊び”をしていいのか?」という強い批判を招きました。

一部の大人や子どもたちは「かわいい!」「動くのが面白い」と関心を示す一方で、**「愛着が湧いた」「感情がある気がした」「でもこれって本当に良いの?」**という、揺れる気持ちをSNSに書き込んでいました。


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■ ゴキブリ=不快?それとも相棒?

たしかに、「ゴキブリ」と聞くだけで顔をしかめる人は多いはず。
でもペットとして愛されている“マダガスカルオオゴキブリ”などもいて、「飼ってみたら意外と愛嬌がある」と感じる人も。

実際に、機械と生物が融合したサイボーグ昆虫を見て、

  • 「テクノロジーの未来を感じる」
  • 「命を感じて申し訳なくなる」
  • 「思わず名前をつけたくなった」

と語る声もありました。

つまり私たちは、「不快な虫」ではなく、「個性を持つ小さな存在」としてサイボーグゴキブリを見はじめているのかもしれません。

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■ ペットってなんだろう?命?存在?ふれあい?

猫や犬は、言葉をしゃべらなくても私たちの表情や気配に反応してくれる。
ハムスターや金魚だって、毎日の世話をするうちに不思議と“通じ合っている”気持ちになる。

では──背中に回路を載せて動く、小さな虫は?
それが「指令で動く」存在だったとしても、あなたがその子に名前をつけ、毎日声をかけたら…
それは“ペット”になりえるのでしょうか?


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✅ 考察①:感情は「錯覚」でも、本物になる

MITメディアラボのロボット倫理研究者ケイト・ダーリング氏はこう言っています。

「ロボットやサイボーグに私たちが“感情移入”してしまうのは、機械の問題ではなく、“人間の感情構造”の問題だ。」

つまり、そこに意思があるかどうかではなく、**「私がその存在を大切に思ったかどうか」**がすべてなのです。

この視点に立てば、サイボーグゴキブリも立派な“ペット”になりえます。
動作はプログラムでも、関係性は本物──そんな時代がもう始まっているのかもしれません。


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✅ 考察②:でも、「操作する」ってどうなの?

一方で、批判の声も無視できません。
米国心理学者マーク・ベコフ氏は、RoboRoachのような教育キットに対してこう指摘しました:

「子どもに“命を道具として扱う”経験を与えることの影響は計り知れない。」

つまり、「命あるものをコントロールする感覚」が当たり前になってしまうと、
それがやがて他人や自然との関わり方にも影響するかもしれない、というのです。

ペットとして愛することと、道具として使うことの境界線
ここが、サイボーグ昆虫のような存在に対して最も重要な問いなのかもしれません。


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✅ 考察③:映画や小説が描いてきた未来

フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(後に『ブレードランナー』として映画化)では、
人間に酷似したアンドロイドたちが“ペット”や“労働力”として扱われる世界が描かれます。

でもその中で問われるのは、「見た目や仕組みではなく、感情を持てるかどうか」「魂があるのか」という根本的な問いです。

サイボーグゴキブリもまた、

  • 完全には操作できない
  • 反応が毎回違う
  • 時に命令に従わない
    そんな“不完全さ”を持っています。

それが、ただの“ガジェット”ではなく、「生きた存在」として心を揺さぶる理由かもしれません。


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■ そして、わたしたちに返ってくる問い

たとえばあなたが、手のひらの上の小さなサイボーグに名前をつけて、毎日声をかけていたとします。
ある日、その子が動かなくなったとき──あなたはどんな気持ちになるでしょうか?

悲しい? 驚かない? それとも、ちょっと泣いてしまう?

その答えは、“彼”や“彼女”が何でできていたか、ではなく、
**「あなたが、どれだけその存在に心を傾けたか」**で決まるのです。


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🔚 結論:ペットに「できるか」より、「どう向き合うか」

サイボーグゴキブリは、技術的には制御可能です。
構造も単純で、小さくて、動作もユニーク。もしかしたら、未来の教材やセラピーにも使えるかもしれません。

でも、それをペットにすることが「できる」かどうかは、
その子に**「心を向ける」ことができるか**にかかっています。

そして同時に、その関係性が命をどう捉えるか、という問いも私たちに返ってきます。

未来のペットは、ぬくもりではなく、回路かもしれない。
でも、それでも愛せるか?
その問いを、いま私たちは手のひらの上で、静かに受け取っているのかもしれません。

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